ふく百話(91)
「土鍋の力」
1980年代に一世風靡した「美味しんぼ」(おいしんぼ)という漫画があります。内容は料理に関するエピソードを描いたものです。これが案外面白く主人公の含蓄のある解説が本当だろうかと思うのですが急所をついているようで、話に引き込まれます。
作者は雁屋哲、画は花咲アキラさんです。このシリーズは長く続きました。
その中から「ふく」に関するお話、1つ紹介します。
主人公は東西出版社の文化部社員。料理について一家言ある、こだわりの山岡士郎。同僚の相棒は美人社員の栗田さん。東西新聞は「究極のメニュー」という企画で様々な料理に取り組んでいます。
さて、ふくの話ですが、大原社主の友人の鶴森運輸会長(以下、成金会長)から山岡を含め東西新聞社員が「ふく料理」の接待を受けました。会食場所は東京で一番の高級料亭「ふく万」(架空のお店)です。
成金会長「さあ、召し上がって下さい。下関から空輸したトラフグのシロです。
これ以上のフグはありますまい。」(中尾注、トラフグは全てシロです)。
成金会長から最初にひとしきり大皿の自慢があります。
「これだけの古九谷の大皿は滅多にありません。旧華族の名家が秘蔵していたのを譲り受けたのです。文化庁の方から国宝に指定すると言ってきたのを断って、重要文化財にしてもらったのです。国宝にされたんじゃ気軽にフグ刺しに使えなくなりますからな」。これ以上のフグ料理はない。お若い方におわかり頂けたかな?」。山岡「ええーーー、まあーーー」、成金会長「ええ、まあ、だと!」
栗田「素晴らしいですわ。日本料理は器と目で楽しむという意味がよくわかったような気がします」。成金会長「さすが、若いお嬢さんは感受性が良い。それにひきかえ、この若僧は」。
料理が進んで、成金会長「フグの刺身は充分だ。チリにしてくれ」。
栗田「あれ、あのお鍋はまさか、金?」。成金会長「さよう、純金の鍋です。これも私が家から持ってきたものです」。成金会長「純金は熱伝導率が高いから、鍋にはもってこいなんです。何より良いのは酸や塩分におかされないので、金属臭がしないし、材料の味が損なわれることがないのです」。
編集長「なるほど、金の持つ科学的に安定な性質が、鍋に向いているんですな」。
一同、ほんと純金の鍋のせいか、少しも生臭くなく美味しい。古九谷の大皿に純金の鍋、さすが会長だからできることです。成金会長、ますます鼻高々「いや、たいしたことはないです。美味を極めようと思うならここまでやらないと。あとで大皿と純金鍋の写真を差し上げます。新聞に載せるといい」。(これが目的)
成金会長「しかし、今の話で喜んでいたのは昨年までです。今まではこの純金製の鍋で作ったフグチリが最高だと思っていたが、もう一つ、味が足らないように思えてならなくなったのです」。一同、話がだいぶ変わってきたな?
成金会長「編集長、東西新聞で究極のメニューに取り組んでおられるとか。どなたか有名な先生をご紹介下さい」。一同、会長、それは気のせいでは、我々も今、味を見せて頂きましたが、これ以上の物などあるはずがない。
山岡「気のせいではありませんよ。純金の鍋なんぞを作って喜んでいる、ただの成金から成長した証拠です」。
成金会長「なんだと、何を偉そうな」。山岡「ほめてあげたのですが」。
山岡「明日、またこの部屋を取っておいてください。会長の疑問を解決して差し上げましょう」。成金会長「何を馬鹿な、私はお偉い先生にお願いしたいのだ。お前みたいなチンピラ社員じゃない」。
ここで山岡と栗田は退席。その足で数百年の歴史がある、なじみの「すっぽん料理」の店へ。そして店の大将から一番古い30年使っている鍋を借りた。
栗田「山岡さん、まさか、この土鍋を会長の席へ持っていく気じゃーーー」
山岡「そうだよ」。栗田「え、えーーー。だってその汚らしい土鍋、普通の土鍋なんでしょう?会長のお鍋は純金よ、とてもかないっこないじゃない!」。
翌日、昨夜の「ふく万」にて。
成金会長「ふざけるな!30年も使い古した安物の土鍋が、私の純金の鍋より美味しいだと!、人を馬鹿にするのも程があるぞ」。
栗田、困ったわ。成金会長でなくても、こんな汚らしい土鍋と純金の鍋を比べられたら、怒るのは当たり前だわーーー」編集長「山岡君、これはいったい」。
山岡「鍋に水をさしてくれ。雑炊を作ってさしあげます」。成金会長「おのれ、おかしな物を食わせたら、ただではおかんからな」。それから20分経過した。成金会長「何をしているのだ、いつになったら始めるんだ」。
山岡「よし、いいだろう。飯をくれ」。成金会長「ちょっと待ってくれ。雑炊には何も中身はいれないのか。フグとかトリとかーーー」。山岡「そうです。中身は何も入れません。これで良いのです」。成金会長「何を馬鹿な、そんな物が食えるか」。一同、ちょっと待て、このにおいはーーー」。一同、何、これは!、
美味しい。醤油と水しか入れてないはずなのに」。わかった。
栗田「そうです。すっぽんです」。成金会長「これは正真正銘、最高の雑炊だ」。
編集長「山岡君、説明してくれたまえ」。
山岡「この土鍋は長い年月をかけて育てられ、鍛えられてきたのです。土鍋自身に傷があっても、料理する人間に手抜かりがあっても土鍋は壊れてしまう。使える土鍋になるまで成長してくれるのは100のうち2つか3つだそうです。
土鍋と人間の真剣勝負です。互いに鍛え合い成長していくのです。30年間、
一日も休まず炊き続けてきた間に、鍋全体にすっぽんの味がしみ込んだのです。
だから水と醤油をいれただけで、これ程の味が出たのです。」
一同、そうだったのか。旨いはずだ、30年間の味がしみ込んでいるのだ。
成金会長「これは、もはや単にうまいというのを通り越して、尊くさえある」。
山岡「会長さん、おわかりいただけたでしょうか?人間と土鍋とすっぽんの間の語らいと真剣勝負。それがこの味を作りあげたのです。純金は確かに素晴らしい。しかし、純金の鍋と調理人の間に心が通いあうでしょうか?」。
成金会長「私の自慢の純金鍋に何が欠けているか、おかげでよくわかった。君の言う通り、私は成金から一段人間が成長したようだ」。「おかわりをくれたまえ、大盛でな!」。
栗田「ああ、良かった。そうか、このすすぼけた土鍋は生きているのねーーー」。
以上です。「土鍋の力」どこまで本当か、私には分かりませんがこだわる人には一理あるかと思い、初めてマンガから紹介しました。
この原稿を書いている途中、テレビマンガ「名探偵コナン」が放映されました。
それがちょうど「ふくなべ」で土鍋、舞台は下関です。不思議なめぐり合わせがあるものだと夫婦で見ました。内容はふくなべコンテストに出場予定の老舗料理屋の「土鍋」が盗まれたのです。犯人は同業者でした。老舗料理屋の土鍋の味を真似るために盗んだものでした。見事、コナンが解決しました。