ふく百話(73)
「ドクサバフグ事件」
ホルマリン事件に続き、次に業界を揺るがした事件だと思います。
ドクサバフグは、わが国周辺海域に生息し重要なフグ資源の「サバフグ」に良く似ているが筋肉に強い毒性を持つ危険なフグです。近年、地球温暖化により南方海域に生息するフグが日本近海でも時々漁獲されます。素人では鑑別が難しいので怪しいフグは食べない、素人調理はしない等、注意が必要です。
1959年10月、北九州市(旧小倉市)で、フグのむき身によって4名が中毒死した事件が起きました。このフグはベトナム沖で日本のトロール船によって漁獲されました。船上ではナゴヤフグ(標準和名ナシフグ)と判断され、むき身冷凍保存されました。帰国後、北九州魚市場でせり売りされました。これを購入した八幡製鉄所構内食堂の経営者が試食したところ、唇のマヒを起こしたので調理を中止、すぐに魚市場に通報しました。驚いた魚市場は直ちに回収しましたが、回収漏れが1件発生したのです。そしてある自動車修理工場食堂で提供され、若い工員5名(17歳〜27歳)が昼食時に天ぷらで食べたところ、1時間後にフグ中毒の症状が現れたのです。ただちに開業医が診断し、通常のフグ中毒の治療を施しました。その後、容態が急変したので小倉記念病院に入院、4名がその日の夕方に死亡した痛ましい事件となりました。残された1名も危険な状態でしたが11日間の入院で辛うじて回復しました。
この事件は無毒とされるサバフグに極めてよく似ているが、筋肉に強い毒をもつドクサバフグの存在を明らかにし、南方産フグ取り扱いについて教訓を残しました。
1971年12月、大阪でドクサバフグのミガキが誤って流通、魚屋で購入し食した5名中、3名が重体となりました。幸い命はとりとめました。
1980年12月、北九州でフグ中毒が発生しました。このフグは東シナ海で漁獲され無毒のサバフグと判別されましたが中毒事件となり患者数32名、死者はなし。この事件後、東シナ海でもドクサバフグの存在が明らかになり、船上でのフグミガキ加工は禁止されました。この事件の時は本来無毒の「シマフグ」も疑われ、一時販売不振に陥りました。筆者は南風泊市場で大石常務の下でシマフグ等担当、帳面付でした。
ドクサバフグの特徴はサバフグ類(シロサバフグ、クロサバフグ)、カナフグと良く似ているが、背面と腹面に顕著なトゲをもつ。特に背面のトゲは全体を覆っているのでサバフグと区別できる。尾の形がタイの尾っぽのように大きく切れ込んでおり、サバフグの尾ひれとは異なる等です。
水産大学校の多部田教授の研究では、従来無毒としてわが国では広く食されている「サバフグ」についても、南シナ海産には毒性が認められること、またこれまで無毒とされていた「カナフグ」の筋肉も南シナ海産は有毒であること、そしてフグには個体差が著しいので、かなり毒性の強いフグも生息することが確認されました。一方、同時に検査した東シナ海産や北九州産のサバフグは無毒でした。中国でも同じようなフグ中毒が発生しており、奄美大島以南のフグについてはわが国の常識は当てはまらないとする見解と一致しています。
わが国の規制では、台湾以南の海域(正確には緯度経度の指定があります)のフグは食用が禁止されています。たとえ、日本近海以外、例えば東アジア、アフリカやエジプト、オーストラリア、アメリカ西海岸等でサバフグやトラフグに近いフグが漁獲され、現地で食用にされていても我が国で食用に提供することは禁止されています。
第4回で詳しく紹介したように、我が国で食用可のフグは21種類です。他に例外として海域限定、現地ミガキ加工した「ナシフグ」の流通が認められています。それ以外の種類のフグ流通は国内産、外国産とも認められていません。フグ中毒事件が一番多いのは、魚釣りのフグと素人調理による肝臓等、有毒部分の調理です。フグ毒のテトロドトキシンは煮ても焼いても消えません。青酸カリの千倍もある猛毒です。専門家の調理した以外のフグは食べないことです。
近年、養殖フグには毒がないとの情報が流れています。危険な情報です。